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目からウロコの幸福学

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目からウロコの幸福学

ダニエル・ネトル / オープンナレッジ

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この本を読んで心が軽くなった。重荷を外された気分。
僕は幸福になる必要はない…というより、幸福を追求し続ける必要はないんだ。
自由だと感じる。それでいて地に足が付いている。
自分が見つけられなくて苦しんでいた部分を、しっかりとはめ込んでくれた感じ。
僕は幸福になるための道を常に探していて、それをしない人を内心馬鹿にしていたんだろう。
僕が人を見るときの基準というのは常にその一点だった。
「幸福」という計りようのないものを、どうにか探ろうとして、それを見いだせないまま誰かを自分より下だ上だとみなす、その矛盾に苦しんでいたように思う。その根底には自分こそが正しい、正しいはずだ、という思い込みがあったかもしれない。
この本は完璧な幸福なんてものはないんだ、それでも努力する意味はあるかもね、と教えてくれる。科学的に。
「人は幸せになるために生きるのではない。生きるために幸せを求める。」



・幸せになるために、人々は努力する。しかし持続する「幸せ」という感覚が手に入ることはなく、さらに努力する。

・わたしたちはおなじ環境下に生きる他者と比較して自分が「幸せ」かどうかを判断する存在だ。しかし現代では通信手段がグローバル化したせいで、自分以上にうまくやっている人が必ずどこかにいる。

・実際には昇進したり大金を手にしてもそれほど幸せになれるわけではないけれど、でもわたしたちは「頑張らなきゃ」とつねに感じてしまう。


上のような矛盾に対して、ダニエル・ネトルは科学的にとても丁寧に検証している。そしてある答えを導く。
これらの行動は、僕らの祖先から進化的にプログラムされているということ!
つまり、はるか昔は現代と異なり、一つの間違いで強者に殺されてしまうような時代だ。その中で人間は柔軟に対応し、生き残るために努力し続けなければならなかった。そうして生まれたのが「幸福」という概念であり、努力し続けるために、幸福というつかみどころのないものを追い求める。けれども決して永遠の幸福をつかむことはできない。永遠の幸福をつかむとき、それは生き残るための努力をやめてしまうときだから。


幸福を追い求める中で上のような矛盾には気付いてた。多分。
そこに幸福が無いってことに気付いていて、違う道を行こうとして、それをしない人を蔑んでいた。
けど結局それも正しくない。決して間違っているわけではないかもしれないけど、正しいわけでもない。
というか正しいものなんて無い。いや、というよりは全てが正しい笑
けど、そういうことに今の若い世代の人は気付いてきてる気もする。

全てを、自分以外を、自分を認めようと思える。
人と比較して、長い間苦しんでいた。自分より上がいることに、下がいることに、そんな見方をしてしまうことに。
みんな似たようなもんかな、と思える。
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by santos0113 | 2010-03-12 13:38 | book

愛するということ

愛するということ

Erich Fromm / 紀伊國屋書店

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この小さな本は、愛は技術であるという前者の前提の上に立っている。

愛について学ばなければならないことがあるのだと考えている人はほとんどいない。

愛に学ぶことなんてないという態度は、いくつかの前提の上に立っている。
①たいていの人は愛の問題を、愛するという問題、愛する能力の問題としてではなく、愛されるという問題として捉えている。
②愛の問題とはすなわち対象の問題であって能力の問題ではない、という思い込みである。愛することは簡単だが、愛するにふさわしい相手を見つけることは難しいと考えている。
③恋に「落ちる」という最初の体験と、愛している、あるいはもっとうまく表現すれば、愛のなかに「とどまっている」という持続的な状態とを、混同していることである。

①―「愛されキャラ」「モテ子になりたい」なんて言葉を良く耳にすることを考えれば、納得できる。
②―「恋愛はしたいけど、いい人いないなぁー」といった感じ?現代社会の発展と関連したいくつかの理由がある。
・以前は、愛は結婚へと至ることもありうる自発的な個人体験ではなかった。結婚は社会的な配慮に基づいて取り決められるものであり、結婚した後ではじめて愛が生まれるのだと考えられていた。ところがここ数世代の間に、ほとんどの人が「ロマンティック・ラブ」すなわち結婚に結びつくような個人的体験としての愛を追い求めている。自由な愛という概念によって対象の重要性が大きくなった。
・現代人の楽しみとは、わくわくしながらショーウィンドウをながめたり、現金であれ月賦であれ、買えるだけのものは何でも買うことである。誰もがそれと同じような眼で人間を見ている。何が人を魅力的にするかは、肉体的にも精神的にも、その時代の流行に左右される。人間の愛情関係が、商品や労働市場を支配しているのと同じ交換のパターンに従っている。
③―たがいを隔てていた壁を取り払い、親しみを感じ、一体感を覚える瞬間は、胸のときめく瞬間だ。しかしやがて反感、失望、倦怠が最初の興奮の名残を消し去ってしまう。互いに夢中になった状態、頭に血が上った状態を、愛の強さの証拠だと思い込む。

フロムは、愛は技術であり、それを習得するためには努力が必要としている。その過程として、
・理論に精通すること
・習練に励むこと
・技術を習得することが自分にとって究極の関心ごとにならなければならない
としている。

愛の理論について。
人間は孤独で、自然や社会の力の前では無力だ。人間の、統一のない孤立した生活は、耐えがたい牢獄と化す。この牢獄から抜け出して、外界にいるほかの人々と何らかの形で接触しない限り、人は発狂してしまうだろう。

孤立しているという意識から不安が生まれる。そればかりでなく、孤立は恥と罪悪感を生む。…人間の最も強い欲求とは、孤立を克服し、孤独の牢獄から抜け出したいという欲求である。

その欲求に対して
どのような答えを出すかは、ある程度、その人間がどれくらい個人として独立しているかによる。幼児はまだ母親との一体感をもっているので、母親がそばにいる限り、孤立感を覚えることはない。ところが、孤立感や個人としての意識が大きくなるにつれて、別の方法で孤立感を克服したいという欲求が生まれる。

そしてその孤立感を克服するために人間がとる方法としていくつか挙げられている。
①興奮状態による合一
②集団、慣習、慣例、信仰への同調にもとづいた合一
③創造的活動

順に説明すると、
①はいわばお祭りの乱痴気騒ぎのようなもの。集団的な興奮状態を経験した後、しばらくは孤立感にそれほど苦しまずにすむ。しかし、そうした共同の行事を捨ててしまった社会に生きる個人は、アルコールや麻薬といった方向に進む。興奮状態が過ぎると一層孤立感が深まり、ますますアルコールなどの助けを借りる羽目になる。
セックスによる興奮状態の助けを借りるという解決法はそれとはすこしちがう。性的な交わりは、ある程度、孤立感を克服する自然で正常な方法である。しかし、他の方法で孤立感をいやすことのできない人々の場合、これは絶望的な試みであり、結局は孤立感を深めてしまう。
②は、現代社会でもっとも一般的な方法である。集団に同調することによって、個人の自我はほとんど消え、集団の一員になる。これにより孤独という恐ろしい経験から救われる。いかにして合一感を得るかという問いには、どうしてもなんらかの答えが必要なのであり、他に良い方法がないなると、集団への同調による合一が一番良いということになる。たいていの人は、集団に同調したいという自分の欲求に気付いてすらいない。
平等という言葉がある。搾取の廃止、すなわち利用の仕方が残虐であれ「人道的」であれ、人間が人間を利用することの廃絶、これが平等の定義である。現代の資本主義社会では、平等の意味は変わってきている。今日、平等といえば、それはロボットの、すなわち個性を失った平等である。現代では平等は「一体」ではなく「同一」を意味する。
③には、芸術的な物もあれば、職人的なものもある。どんな種類の創造的活動の場合も、創造する人間は素材と一体化する。ただし、このことがあてはまるのは、生産的な仕事、すなわち私が計画し、生産し、自分の眼で仕事の結果をみるような仕事のみである。

生産的活動で得られる一体感は、人間同士の一体感ではない。祝祭的な融合から得られる一体感は一時的である。集団への同調によって得られる一体感は偽りの一体感にすぎない。ではどうすればいいのか。
そこで出てくる完全な答えが、人間同士の一体化、他者との融合、すなわち愛にある


大事なのは、「愛」と言ったとき、どういった種類の結合の事を言っているのかを、私たちが了解していることだ。

結論から言うと、
成熟した愛は、自分の全体性と個性を保ったままでの結合である。愛は、人間のなかにある能動的な力である。人をほかの人々から隔てている壁をぶち破る力であり、人と人とを結びつける力である。愛によって、人は孤独感・孤立感を克服するが、依然として自分自身のままであり、自分の全体性を失わない。愛においては、二人が一人になり、しかも二人であり続けるという、パラドックスが起きる。

愛は能動的な活動であり、受動的な感情ではない。そのなかに「落ちる」ものではなく、「みずから踏み込む」ものである。愛の能動的な性格を、分かりやすい言い方で表現すれば、愛は何よりも与えることであり、もらうことではない、ということができよう。

愛は与えること、では何を、どうやってあたえればいいのか??
自分自身を、自分のいちばん大切な物を、自分の生命を、与えるのだ。自分の喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど、自分のなかに息づいているもののあらゆる表現を与えるのだ。

自分の生命を与えることで、他人を豊かにすること。それだけではない。
与えるということは、他人をも与える者にするということであり、たがいに相手のなかに芽生えさせたものから得る喜びを分かち合うのである。

愛に限っていえば、こういうことになる。
愛とは、愛を生む力であり、愛せないということは愛を生むことが出来ないということである。


与えるという意味で、その人を愛することができるかどうかは、その人の性格がどの程度発達しているかということによる。
愛するためには、性格が生産的な段階に達していなければならない。

生産的な段階とはすなわち、自分の外にある目的のためにエネルギーを注ぐということであり、また自分に本来備わっている力を用いるということである。与えるという行為は自分のもてる力のもっとも高度な表現である。

また、愛の能動的性質を示しているのは、与えるという要素だけではない。配慮、責任、尊敬、知である。
愛とは、愛する者の生命と成長を積極的に気にかけることである。愛の本質は、「何かを育てる」ことにある。
責任は、母子の関係についていえば、生理的欲求に対する配慮を意味する。おとなどうしの愛の場合は、相手の精神的な求めに応じることである。責任とは、他の人間が何かを求めてきたときの、私の対応である。
責任は、尊敬が欠けていると、容易に支配や所有へと堕落してしまう。そして人を尊敬するには、そのひとのことを知らなければならない。他者と生産的に融合したとき、私はあなたを知り、私自身を知り、すべての人間を知る。


生産的に愛するには、信じること(信念)が必要だ。自分の愛は信頼に値するものであり、他人のなかに愛を生むことができると「信じる」こと。そして、たとえば母親が子供の成長を信じるように、他人の可能性を「信じる」こと。その信念があるかないかが「洗脳」と「教育」のちがいだ。洗脳を行う者は、他人の生命力と可能性を信じていない。一方、教育とは、他者が可能性を実現してゆくのを助けることだ。そして信念をもつには勇気がいる。勇気とは、あえて危険をおかす能力であり、苦痛や失望さえも受け入れる覚悟である。

愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に、全面的に自分をゆだねることである。愛とは信念の行為であり、わずかな信念しかもっていない人は、わずかしか愛することができない



僕はロボットのような世界を、蔑んでいるのだろうと思う。
そして世界を知りもしないで決めつける自分を、世界を愛することのできない自分を、蔑んでいると思う。
愛を阻んでいるのは、自分のなかの偏見や思い込みではないか。
偏見や思い込みが生まれるのは、良く知らないからではないか。
僕が今必要としているのは、自分を、世界を知ることではないか。
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by santos0113 | 2010-03-10 17:22 | book

日本の風景・西欧の景観―そして造景の時代

日本の風景・西欧の景観 そして造景の時代 (講談社現代新書)

オギュスタン・ベルク / 講談社

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第1章
風景という観念は文化的アイデンティティと密接に結びついているので、文化によって様々に変化する。

あらゆる文化とあらゆる時代に共通の基本的な特徴というものがいくつか存在することも確かである。

われわれは諸文化間のコントラストを過大評価しがちであり、時としてそれらの間に単純きわまる二項対立を持ち込み、絶対的な対立物を明確なものにしようとして現実を戯画化してしまうほどでもある。…特にしばしば、それも絶対的なものとして対立させられるのは、日本庭園とフランス式庭園である。

どちらも人間の考え出した自然というものを、それなりのやり方で表現しているにすぎない。…彼らの文化に固有の自然についての概念を表現している以上、誰もが正しいのである。


第2章
人間は風景を観賞し解釈するやり方において、すなわち知覚した情報の処理法において違いを見せる。…われわれは自身の属する文化に促されて、風景を肯定的に否定的にも観賞・評価するし、またそればかりではなく、風景の側面のいくつかを知覚したり、あるいはしなかったりもする。
つまり風景は現実の事物に関する情報と、もっぱら人間の脳によって練り上げられる情報の両方で構成されているのである。

『日本の環境』『日本の風景』このふたつの言葉の間の関係は一方通行的な物ではない。事実社会は環境に対して行う整備に応じて、その環境を知覚するし、また近くに応じて環境を整備する。…日本の風土はこのような複雑さにも関わらず、ある種の一般的な傾向で特徴づけられていて、それらの傾向は環境と風景の両方に類比的に表現されている。

日本の風景の美学は多中心的と形容できる。…日本の風景は永続的な適合の状態にある。生成の状態にある風景なのである。

近代的な主体は自分自身と事物の間に根源的な区別を設け、自然に関する近代の科学の基本的な客観性を確立する。…同時にその主体は『環境』をありのままのものとして、つまり客体として発見する。


第3章
今日では日本の風景において―ということはすなわち物質的形態とそれらを知覚するやり方の双方においてということだが―西欧の影響を受けているものといないものを見分けるのがきわめて難しくなっている。

確実なのは、明治期に美的モデルが大量に導入されたことによって、日本のエリート層の知覚の図式が大きく変化したということである。…教養ある都市生活者は日本の自然に西欧の価値の浸透した視線を注ぐようになる。

文化交流の流れはけっして一方通行にとどまることはなく、ペリー提督の来航に引き続く日本の開国以前においてさえすでに逆の流れがあったことも事実である。(ジャポニズムへのきっかけ)

ジャポニズムの流行は、近代の初頭にヨーロッパで生じた風景の揺らぎということの徴候のひとつと見ることが出来る。…観察者と絵と表現される対象の間の区別が希薄になっていく。

われわれが風景を知覚するときには、つねに想像力の世界が介入してくることになる。風景という、主体と客体対象の間の関係の現実においては、主観的な物は必然的に客観的な物と合成され、主体と客体という近代の二分法が有効性を失うのである。

二元論的思考は都市や住居に具体的に適用させるのが困難なのであった。そして近代の運動とともに最終的にそれが達成されたとき、わずか数十年でその分野における弊害が明らかになり、感情的な拒否反応が現れることになる。


第4章
人間の手の加わった空間に先立って野生の空間が存在したのではなく、事実はむしろ逆なのである。野生の空間は、歴史の流れの中で生まれた。(風景的にいえば)

日本では確実に、弥生時代の稲作の導入が野生の空間(山)の知覚の在り方を根本的に変えた。事実、水田が恒久的に集約された形で存在することは、牧畜の発展があまり見られないことと相まって、耕作地と森の間に強烈なコントラストを生んだ。…おそらくこのようなコントラストの強さのために、神道において野生の空間に聖性が認められるようになったのであろう。

日本では『山』の美化は二段階で行われた。新しい方は明治期のヨーロッパの風景図式の導入の時にさかのぼる。古いほうは中国からの文学・絵画のモデルの影響を受けて、奈良時代から確立されてきた。

海岸風景の場合にも、山岳風景の発見とかなり類似したプロセスが展開された。…しかしながら高山の場合とは異なり、海岸の絵画表現は近代の習慣に先立って存在していた。…山の場合とのもうひとつの相違としてあげられるのは、日本では西欧に門戸を開いた後にも、海岸のとらえ方には根本的な変化がもたらされなかったということである。

そこには中国から学んだ美的図式を超えて日本人固有の傾向が見られるのであり、これはもちろん日本列島の自然条件と関連付けて考えなければならない。


第5章
象徴のレヴェルで田園が規定されるのは、都市を出発点としてである。田園は都市の住民によって田園として知覚され、したがって田園として存在し始めるのである。

至る所で農民は自分のいる環境について親密な知識を持っている。けれどもそれを風景として見るには、特別な知覚の図式を獲得していなければならない。そしてこの図式は都市の文化から出てきたものなのである。

客体対象の観点からも、主体の観点からも、風景に関する本質的な事実といえるのは、田舎に住む人のなかに、住居をそこに構えるという点以外ではまったくの都市生活者であるような人の数が増加しつつあるということである。


第6章
日本の都市の起源には『都』がある。…都の存在を原則的に規定するのは『宮』、すなわち宗教と政治の混淆した儀礼の行われる神道の聖域である。ところで『宮』は自然と分かちがたく結びついている。…日本では都市文明の最高度の形態が自然を指向するということである。

緑の空間の問題は日本の都市の性格に関してはとりわけ決定的な意味を持つということであり、したがってまたその問題を取り扱い際に西欧の諸都市をモデルにした処方に頼ってはならないということである。

住居と都市の間に統合作用の欠如していることは、都市においてさえ住居が自然環境を指向することにこだわり、都市という構築された環境にはむかわないという事実に由来すると考えられよう。

東京の風景の無秩序について語るとすれば、ひとつにはこれは東京では個人の家や企業のビル(ミクロコスモス)が都市(メゾコスモス)の形態に対して相対的に独立して数を増やすことが出来るからであり、また他方では江戸の町の都市としての骨組みが基本的には自然の目印(マクロコスモス)との関係で組織化されていたからである。ところがこの都市のその後の変化を見ると、このような目印の多くは次第に消されていった。


第7章
日本では、このような『都市農村混合型』の風景が現在拡大しつつあることは、すでに江戸時代にあらわれていた傾向に対する断絶を意味するものではない。

それに対してヨーロッパでは、深刻な危機が生じていて、これがしばしば『風景の死』として受け止められている。…都市のメゾコスモスが統合の原則をもとにし、全体が部分に対して優位を占める限り、ちょっとしたことでその基盤となる調和が損なわれてしまう。…ヨーロッパに都市風景を再生させるものがあるとすれば、都市のメゾコスモスの統合という基本的な原則を尊重する新たな形態の創造である。

現今の時代にあっては、新しいパラダイムは世界規模の物にしかなり得ない。それはそれとして、この新たなパラダイムは西欧の伝統とは別な文化的伝統のなかにすでに現れている非西欧的な特徴を必然的に内包することだろう。風景が問題になると、伝統的な日本文化の特徴のいくつかがこの新しいパラダイムの構想を助けてくれる。
Ⅰ.主体の中心性の弱さ。
Ⅱ.現在主義。回遊式庭園における視点の点在は、回遊(場所に中心をおいた現在)に価値を見出すのであって、目的地(キリスト教的時間性に固有の過去―現在―未来という、主体の中心性を基礎づける遠近法的時間軸における未来)に価値を置くのではない。
Ⅲ.並置。一般的な秩序の軽視が徹底されると、あらゆる限定が退けられ、偶然と混沌が重要視されるようになる。

すなわち新しい風景は、西欧で近代の風景の危機から生まれたポスト二元論と、世界が知るようになったもう一つの大きな風景の伝統つまり東アジアの伝統において前提とされる非二元論、この両者の総合から形をとることになるだろうということである。…この新しい風景を『造景』と呼ぼう。

造景の時代への移行は必ずしも風景美の時代への移行を意味しない。けれども…環境をイメージとして生きることは、必然的に美的な配慮を、すなわち美を創りだそうとする真摯な欲求を伴う。

環境を造景すること、原則としてこれは現実に粉飾を施すことではなく、芸術作品の創造なのである。…われわれの前に開ける展望は、われわれの環境が全体として少しずつ芸術作品になっていき、こうしてわれわれの文化の最も高い価値を生態学的に表現するようになるということである。


まとめる。

風景とは何ぞや、というところから入る。
・風景というのは、その人の文化によって見方が変わるものであり、風景を肯定的に否定的にも観賞・評価するし、またそればかりではなく、風景の側面のいくつかを知覚したり、あるいはしなかったりもする。つまり誰にでも同じ見え方をしていると思ったら間違いだということ。
・それでも感じるものに共通の特徴は見いだせる。それをベルクは「元風景」としている。
・しばしば日本人はフランス庭園のような様式を自然的でない、とする。その逆も然り。しかし日本人にしても、フランス人にしても、それぞれの自然をそれぞれのやり方で表現しているだけ。どちらが正しい、ではない。

そもそも風景という観念はどこから生まれたか。
・風景という観念は、ヨーロッパでは16世紀になってようやく現れる。風景を意味する言葉は古代ギリシャ語にもラテン語にも存在しない。風景という価値観が無かった。
・近代になって、主体は自分自身と事物の間に区別を設ける。「環境」をありのままのものとして、客体として発見する。つまり自分は自分、環境は環境と、完全に別個のものとして分けた。環境が完全に別のものだとすれば、誰にとっても風景は同じものだと言える。
・そこに、ジャポニズムという異質な文化が入ってくる。たとえばより鮮やかなコントラストのある色彩の使用、非対称の尊重、俯瞰的視点の採用など。それはヨーロッパの風景の見方に揺らぎを与えた。
・今までの二元論では何か違うんじゃないか、という流れがやってきた。そして「われわれが風景を知覚するときには、つねに想像力の世界が介入してくることになる。」となる。つまり主体と客体は完全な別モノではなくその二つを合成したところに風景というものがある。

では、現在のような日本と西欧の風景の違いはどう生まれたか。
そのまえに、「野性の空間」に触れておく。
・われわれは野性の空間を犠牲にして少しずつ広がってきたと考えている。→風景の観点からいえば間違い!!
・事実は逆であり、野性の空間は、歴史の流れの中で生まれた。縄文人にとって、野性の空間というものはそれ自体としては存在しなかった。ある空間が、人間によって改変された度合いの低い周囲の場所からはっきり区別され、そうした空間が整備されていくにつれ、また相関的に人間が存続のために自然の富よりも自身の労働の産物にいっそう依存するようになるに従って、生まれた。

・日本では確実に、弥生時代の稲作の導入が野性の空間(山)の知覚の在り方を根本的に変えた。耕作地と森の間に強烈なコントラストを生み、このコントラストのために神道において野性の空間に聖性が認められるようになった。「山」は日本人の環境の知覚にとって、ヨーロッパ人にとっての「森」よりもはるかに個別化の進んだものだった。
・中国から学んだ美的図式を超えて日本人固有の傾向が見られるのであり、これはもちろん日本列島の自然条件と関連付けて考えなければならない。
・日本の都市の起源には『都』がある。…都の存在を原則的に規定するのは『宮』、すなわち宗教と政治の混淆した儀礼の行われる神道の聖域である。ところで『宮』は自然と分かちがたく結びついている。…日本では都市文明の最高度の形態が自然を指向するということである。
・住居と都市の間に統合(作用)の欠如していることは、都市においてさえ住居が自然環境を指向することにこだわり、都市という構築された環境にむかわないという事実に由来すると考えられる。
・たとえば東京の風景の無秩序について語るとすれば、ひとつにはこれは東京では個人の家や企業のビル(ミクロコスモス)が都市(メゾコスモス)の形態に対して相対的に独立して数を増やすことができるからであり、…江戸の町の都市としての骨組が基本的には自然の目印(マクロコスモス)との関係で組織化されていたからである。ところがこの都市のその後の変化を見ると、このような目印の多くは次第に消されていった。

要は、稲作の普及とともにまず耕作地と自然(マクロコスモス)が分けられ、アニミズム的宗教が誕生した。その後、都市(メゾコスモス)が形成されていったが、そこには常に自然(マクロコスモス)を指向するアニミズム的文化が根底にあり、メゾコスモスとしての秩序が西欧ほど強固に発展しなかった。さらに近代になり、自然(マクロコスモス)指向という文化が薄れていったときに、残ったのは個人(ミクロコスモス)中心の空間だった。
なるべくして、今の日本が出来上がった、と言えるのかもしれない。

日本も捨てたもんじゃない。
ヨーロッパはヨーロッパである絶望的な問題を迎えていて、それは日本文化という異物によって、解消されるかもしれない。
日本文化の特徴
Ⅰ.主体の中心性の弱さ。
Ⅱ.現在主義。回遊式庭園における視点の点在は、回遊(場所に中心をおいた現在)に価値を見出すのであって、目的地(キリスト教的時間性に固有の過去―現在―未来という、主体の中心性を基礎づける遠近法的時間軸における未来)に価値を置くのではない。
Ⅲ.並置。一般的な秩序の軽視が徹底されると、あらゆる限定が退けられ、偶然と混沌が重要視されるようになる
西欧で近代の風景の危機から生まれたポスト二元論と、東アジアの伝統において前提とされる非二元論、この両者の総合から形をとることになるだろうということである。…この新しい風景を『造景』と呼んでいる。

極端に簡単にすると、
昔は風景という観念が無かった

近代、風景という観念を発見

今の「見る」だけの風景に限界が訪れる

これからはみんなが「造る」風景の時代だ!
そしてそれを造るためには日本の文化がヒントになる。

ってことで…良い…のかな??笑

まとめきれず。。。


でも分かるのは、日本の町並みが汚い、汚い、と言われ続けているけど、だからといってヨーロッパを模倣すればいいような問題ではないこと。そしてその汚い日本の町並みの奥には、ひょっとしたら可能性があるということ。可能性を追求するためには、日本のたどってきた文化をより深く知る必要があるということ。そしてそれを繰り返すのではなく、現代における姿を再考すること。
こんなことが求められているのではないかなー、と。

もっといろいろ知って、また読み返す必要がありそう。
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by santos0113 | 2010-03-08 02:15 | book

パーマカルチャー

パーマカルチャー―農的暮らしの永久デザイン

ビル モリソン / 農山漁村文化協会

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パーマカルチャーというのは、人間にとっての恒久的持続可能な環境をつくりだすためのデザイン体系の事である。パーマカルチャーという語そのものは、パーマネント(permanent 永久の)とアグリカルチャー(agriculture 農業)をつづめたものであるが、同時にパーマネントとカルチャー(文化)の縮約形でもある。文化というものは、永続可能な農業と倫理的な土地利用という基盤なしには長くは続きえないものだからである。

元はミクシィのコミュニティで出会ったこの言葉。
パーマカルチャーの核心はデザイン(設計)である。デザインとは物と物のあいだの関連の事である。…デザインすべき構成要素をもっとも効率よく機能させるためには、それらを適所に配置しなければならない。

要するに、持続可能な生活をしよう、出来るだけ余計なエネルギーを使わないために、効率的なやりかたを紹介しよう。という本。というよりももはや教科書。現代における農業の在り方、というのを突き詰めた姿だと思う。パーマカルチャーという分野をなぜ園芸学部で取り上げないのか全く分からない。
土壌改良の仕方から、防風林の配置様式、家屋の間取り、果ては動物の飼い方まで、幅広く、かつ驚くほど細かなところまで教えてくれる。それは
それぞれの構成要素の間に実際に役立つ関係をつくりあげ、ひとつの要素が必要とするものが、他の要素の産生物によって充たされるようにするのである。そのためには、全ての構成要素について、その基本的特徴と、それが必要とするものと、その産生物とを良く知っておくことが必要である。

という考えから来る。
ニワトリを飼う。ニワトリを畑に入れれば地面をひっかいて除草し、あとには肥料を残してくれる。畑の余った作物はニワトリが処理する。といった風に、キャベツはキャベツ、ニワトリはニワトリ、といった風な従来の農業から一転、それぞれを関連付けて、うまいこと楽してやっていこうよ、と。膨大な量のものと関連付けて、これでもかというほど合理的な農業生活を提案。
ビル・モリソンは食物生産をもう一度、都市部に取り戻すことを目指している。


ビル・モリソンは切実にメッセージを送ってくる。
ときどき、われわれ、地球上の者すべてが、意識的なあるいは無意識的な陰謀に捕えられて、自分自身を無力にしているように思われる。しかしながら人間こそが、他の人が生きていくのに必要な物全てを生産するのであり、そうして初めてともに生き残ることが出来るのである。飢饉であろうと、不正であろうと、またこの世界のばかげた考え方であろうと、全てそれらを立て直すことが出来るのは私たち自身なのだ。



私の効果的な活動の妨げになっているものは、都市の権威に頼ろうとする、私たち自身の受動性にある。

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by santos0113 | 2010-03-06 18:51 | book

連戦連敗

連戦連敗

安藤 忠雄 / 東京大学出版会

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自分たちの思いと、現実の諸条件との折り合いがつかずに行き詰り、苦しむのはいつものことで、結局計画中断という事態も少なくはないし、コンペに挑戦しても、大抵が敗退に終わっている。都市への提案に至っては、実現に至るどころか、聞いてももらえないことがほとんどです。…特に現在は、社会が建築を必要としていない。

30年余りの建築家としての仕事、それも敗退に終わったコンペを通して、安藤忠雄の建築への、またそれに限らず建築を通した社会への考えが述べられている。「連戦連敗」というタイトル通り、ことごとく負けに負けまくっている安藤忠雄の姿が見られる。
ところが、結果はまたしても落選でした。
文章中何度も出てくる。爽快な程の負けっぷり。
それでも全体を通して見られるのは、
結果としては私はこのコンペに負けはしましたが、参加したことは決して無駄ではありませんでした。

結果は敗退でしたが、建築の再生という今日的な課題を考える上で、非常に重要な示唆を与えてくれたプロジェクトであったように思います。

といった、あくまで謙虚かつあきらめない姿勢。安藤忠雄という人物の内面を窺い知れる。
そしてあとがきではこう締められている。
私は私なりに、建築との戦いを続けている。これから社会に出て行こうとする学生たちも覚悟しておいたほうがよい。建築家とは厳しく、困難な生き方だ。自らの思い通りに事が進むことなどほとんどない。日々、闘いである。だが、だからこそ建築は面白い。信念をもって、それをつらぬくために闘って生きていく―これほど“自分”を頼りに生きていくことのできる職業はほかにないのだから。

この本は建築の技術論などではない。安藤忠雄の精一杯の応援メッセージ。
設計を行い、その都度反省を繰り返し、安藤忠雄は成長を続けているように思える。設計を通して社会と向き合い、自分と向き合い、結果学ぶものがあるというのは、非常に共感。(僕の数少ない、また規模も比べるまでもない実習と比べるのはおこがましいかもしれないけど)ただ僕に、その過程を繰り返し繰り返し続けることのできる肉体的、精神的頑強さが、あるいは設計という仕事に対する誠実さが果たしてあるのだろうか。(やってみなきゃ分からないだろう)という思いとは反対に、僕は何となく無いだろうな、という答えを出してしまっている。

建築への考えについて。
私は、建築は機能を持つことで現代に適応してこそ生命をもち得るものだと考えています。歴史的建造物もまた博物館的に保存するだけではなく、現代に活き活きと機能させてやらなければ、残す意味はない。

新旧の衝突。ただ古いものを残すのでなく、といって全く新しいものにするのでなく。新しいものと古いものを対話させ、歴史を積み重ねていくところに何か生まれるものがあるのだろうか。
自然を巧みに生かした気候適応の方法といった、その土地の特性をつぶさに読み取り、味方につけていこうとする姿勢は、人間と自然とのかかわりを考える上で最も大切なところです。こうした地域的なものへの眼差しこそが、現代のいわゆるエコロジー建築に欠落している部分のように思います。

先日読んだウィリアム・モリスの庭でも同様の事が述べられていた。さらにプランタゴの田瀬理夫さんも言っていたように思う。今の時代に求められているものであり、これからだんだん出てくるものではないか。
突き詰めていくと、建築の分野で環境問題に対してできる最大の貢献とは、結局何も作らないということになりそうですが、それではあまりに極論になってしまいます。となると、その次には、その規模を極力小さくしようというところに行き着くのではないでしょうか。その時、既存の建物を修復・再生していくということが重要な意味を持って浮上してきます。

自然を破壊するのか、保護するのかという極端な2択だけではない。理想を訴えるだけでは、破壊は進行するばかり。出来ることをやっていこうよ、と。また、
単に自然環境だけでなく、社会的・文化的な環境についても、それぞれの相互作用関係を踏まえて考察することが不可欠なのだと思います。

環境というのは、いろんなものが複雑に絡み合って出来ているもので、それだけ相互作用もあることを考えなければならない。ということは、アプローチの仕方も幾通りもあると考えられる。
建築は、結局そのつくり手である建築家を越え得ないもの。芸術性や論理性を問われつつも、なお社会的産物としての側面をもつ建築に、それでも理念を掲げ、自らの意思を介入させていくのが建築家の仕事だから。


ランドスケープにも、同じことがいえるだろうか。自らの意思を介入するというプロセスはあるだろうか。分からない。
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by santos0113 | 2010-03-05 22:50 | book

ウィリアム・モリスの庭

ウィリアム・モリスの庭―デザインされた自然への愛

ジル ハミルトン / 東洋書林

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モリスの芸術作品をつらぬいて切れることの無い糸、それは原産植物相である。

「庭は、家を周囲の地域とつなげるための花の延長線として機能して、建物を『まとう』ものでなければならない。」

「庭は“へや”の連なりでなければならない、とモリスは確信したのである。その庭には、プライバシーの保てる“壁”としての生け垣、編み枝作りの垣、そして木があり、真っすぐな線をなす歩道とボーダーがしつらえられ、咲き誇る花々で装飾されている。」

「モリスは、公園に建てられたパラディオ式(16世紀のイタリアの建築家の建築様式)の邸宅を全く嫌った。なぜならそれらは、その地域との関連性や連続性が無いからである。彼は、石でも塀でも、納屋や建物であろうと、その区域の伝統からもたらされる構築物を好んだ。」

「モリスは自然な花を大切にした。そして植物に対するそのような操作(花の大きさや花弁の数を増やすために花を交配し、より目立つ八重咲きに改造するような操作)と、その結果か場開発された花―彼の言葉では『美を考えない変化、変化のための変化』の氾濫を嘆いたのである」


ウィリアム・モリスの残した数々の言葉を通して、僕が勝手に解釈しているランドスケープデザインの精神と似通う部分が多く見られる、と感じた。つまりそれは簡潔に言うと、生み出すデザインではなく、守り、生かすデザインということで、もちろんそれのみではないけれど。
「芸術の最も偉大な側面は、日常生活の芸術であり、それは歴史的な建物が示している。過去は現代の一部になっていくからである。」

モリスは生活に密着した身の回りのもの、壁紙・カーテン・家具・書籍等さまざまな物を精力的にデザインし、生活と芸術を一致させようとする姿勢が見られる。何か似ている、と思ったのが、最近知った加山又造という日本画家。この人も着物や茶道具から食器など、生活の中で使われる物のデザインを手がけていた。“用と美”という言葉が好きだ。用あってこその美だと感じるけど、用ばかりを重視しても、それはそれで寂しいのかな。ただ、実習で団塚先生が大切にしていた「普段使うものに遊び心を」ってのはもっといろんな人が持ってほしい考えだと思うし、自分も持ちたいと思う。

モリスのデザインした作品を見ていると何か日本的だなと感じた。色合いといい、形状といい、唐草模様のような印象を受ける。と、思って調べてみたら、日本趣味があるそう。どこか親近感のあるデザインだと思う。
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by santos0113 | 2010-03-05 22:45 | book

下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち

下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち

内田 樹 / 講談社

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今の子供たちは、学びの場に立たされたとき、最初の質問として、『学ぶことは何の役に立つのか』と訊いてくる
(つまり意味ないなら、やる必要はないだろ、と)
そういう考え方は確かに身近に良く感じることがあり、自分だって当てはまる。でも上の世代の人たちはそう考えてなかったといえるのかな。
そして、自分もあてはまるとは言った。でも今まで僕が生きてきた中で、やってみたら意外と面白かった、教えられた時は分からなかったものが、期間をあけて唐突に腑に落ちた、というような体験がいくつかある。僕は基本的に役に立つものをやる(役に立たないものはやりたくない)、という姿勢だけれど、世の中のほとんどのものは何かしらの役に立つ、そしてそれは自分次第と思っている。合理主義である一方、経験主義でもある、と思う。そしてそれは自分の最大の美点だと思っている。
今の子供たちと、今から30年くらい前の子供たちの間のいちばん大きな違いは何かというと、それは社会関係に入っていくときに、労働から入ったか、消費から入ったかの違いだと思います。

労働することで社会的に個人として認められるか、
消費者として金を持つことで個人として認められるか。
世の中が便利になりすぎた、と思う。子供時代に労働の機会がない。
教育の方法云々に収まる問題ではない。社会全体として、これ以上新しい便利な技術を次々に生み出すのでなく、今ある問題を見つめてしっかりフィードバックすることが大切なのではないかな。
現在の教育の問題は、単に子供たちの学力が低下しているということではありません。それが子供たちの怠惰の帰結であるのでなく、努力の成果である、ということです。

自己決定・自己実現=自立した人間=孤立した人間、と呼びならわされてきたことが、孤立した人間を多く生み出し、学ぶことを拒否させている。自己決定・自己実現のために頑張って学びから逃げている。
確かに、あえてダルそうに振る舞うこととか真面目にやらないことがカッコいい!!みたいなのはあった。それと同じかな。
時間が経過するにつれて、さまざまな経験を取り込んで、自分自身の質を向上させてゆく能力、教育の目標はそれを習得させることに尽きると僕は思っています。
すごく賛同します。

全体的に推測の域を出ない感じで、鵜呑みにするのは危険だけど、すごく面白い視点だと思った。
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by santos0113 | 2010-03-05 22:42 | book