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公共と私

公共と私。僕のイメージの中で 公共→国家 私→自分 みたいな図式が出来上がってたけど、そうじゃないんだと気付く。公共とは、私の集積だ。
それについて分かりやすい対話があった。


誰かが広くて綺麗な庭をもっていて、せっかくだし他の人に公開するのは公共性を感じる。
「誰かのものだけど、みんなのもの」という感じ。
公開空地というのは、本来そのようにあるべきだと思うけど、規制の中でつくられたその空地は「誰のものでもない」。結局私のものでなければ公共のものでもないのかもしれない。

先日行ったオープンガーデンでは明らかに公共を意識した庭があった。
今までは「自分だけのもの」だったけど、「みんなに分けよう」という公共性の芽生えがあるんだろう。
公開空地は自分のものでないのであれば、いっそ誰かにあげちゃえばいいと思う。
「誰のものでもない」空地を、「○○に貸してる」空地にすればいい。
例えばアートギャラリーだとか屋台だとか、定例蚤の市…ただ道として使用するよりも企業側にはメリットがあったりしないのかな?

オープンガーデンを市ぐるみで行うことと同じように
公開空地全体で蚤の市を行えば、それは楽しそうだと思うんだけどどうだろう。

東京国際フォーラムではよく屋台が並んでいるけど、例えば有楽町全体にそれを広げてお祭り騒ぎにしてしまうという訳にはいかないんだろうか。近くの日比谷パティオも巻き込んだ一大イベントにしてしまってはダメなのだろうか。
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by santos0113 | 2010-05-25 00:09

ティンバライズ建築展

表参道で30日まで行われている、建築展です。
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ティンバライズとは木を新しい材料としてとらえ、新しいものを造り出すという造語だそう。
最近木を見直す徴候があるのかもしれない。
以前竹村真一という方がラジオで言っていました。
「木の家をつくることが日本の森をつくることになる」
人工林というのは手入れをしなければ鬱蒼とした単調な森になってしまう。適度に伐採などしてやらないといけないのだけど、杉など木の需要は少なく、人出不足でなかなか出来ていないのが現状。
最近では集成材と言って、いくつもの木を張り合わせて大きさや形、強度、また耐火性などを変えられる技術があるみたいで(ペラペラの紙でも束にすると強くなる感じ)、そうした技術を用いれば上の写真のような建築も可能だという。木造建築は耐火性に劣ると見られがちだったが、2004年に耐火認定を取得した。また、木を使った建築は二酸化炭素を多く固定している。資材の生産過程で発生するCO2は、RC造の約3分の2、S造の約4分の3である。また、建設時のCO2発生量はRC造の約半分でしかない。

国内で余って困っている木を適度に使うことで、適度な森が出来、それがまた生態系を豊富にする。日本の里山は人が適度に手をいれることで、豊かな生態系を生み出していた。
また、森の牧場というのもあるみたいで、これは草を食べる牛を山に放ち草を食べてもらい、人手を必要としないで管理を出来るという効率的な考え。パーマカルチャー的だと思う。

不景気だの温暖化だの悪いニュースが目立つけど、色んな小さなところで改善はされつつあると思う。
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by santos0113 | 2010-05-24 10:14 | diary

鴻巣オープンガーデン

雨でしたがバラが綺麗に咲いていました。
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バラもいいけど、こういうさりげない気配りのようなものの方が僕は印象に残る。
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今日も雨降りです。
雨は好きではないけど、部屋の中にいる時、冷えた空気が窓から流れ込んでくる感じは結構好き。
濡れることを全く気にしなくていいなら、雨の中の外出はまた違って楽しいだろうなとちょっと思う。
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by santos0113 | 2010-05-24 09:30

青い車

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鎮座していらっしゃるー!青色が映えます。空に飛んでいきそうです。
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by santos0113 | 2010-05-15 22:14 | diary

5月15日 日記

インターネットがようやく繋がった。ブログはちょっと離れるとまた習慣に戻すまでおっくうになってしまう。

最近まで本を読みまくって、半分吸収できて、半分消化不良な感じ。
本を読んで、確実に吸収できたとわかるのは言っていることをイメージ出来る時だと思う。
体験に基づいて、あぁそうだなぁと感じられればすんなり入ってくるんだけど、全くイメージがわかないものはやっぱりあんまり面白くないし何回か読み返さないと分からない。

でも今まで生きてきた中で色んな体験をしてきて、それは全部無駄ではなかったんだなぁと読んでいて感じる。
色んな体験をすることで、本の中身をイメージしやすくなる。
けど逆に分からないことであっても、その後における体験で「あぁ、こういうこと!」って事もある。

本はやっぱ面白い。

文章で考える癖がついてしまいがちになるのは危ない。得た知識を振り回すのもよろしくない。
もっと感覚的に、本能に従って生きることも忘れちゃいかんかもしれない。
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by santos0113 | 2010-05-15 22:06 | diary