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珈琲に遊ぶ

珈琲に遊ぶ―おいしいコーヒーを淹れるヒント

川中 幸博 / 未知谷

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ちょっと早起きしてすぐ布団を干して窓全開にしてお湯を沸かしコーヒーを淹れる。
ラジオを聴きながら、何もせずゆっくり珈琲を飲む。

「キザじゃん」って言われるけど、自分の中ですごく幸せな時間。
それは熱いお茶でもホットミルクでもなく、コーヒーじゃないとダメ。この違いはどこから来るんだろう。


どのコーヒーが好き、嫌いというのは人それぞれであるけれども、「コーヒー本来の良質なもの」かどうか、という視点で書かれている。
驚いたのは、コーヒーをいれる時にお湯を沸かすけれども、沸騰させたら駄目なんだって。沸騰したのを冷ますのも駄目。
注ぐ湯の温度は85~90℃が適当だけど、この「完全に沸騰させない」という点は重要。
沸騰した湯の何が味を悪くするのか正確には分からないけど、沸騰の前後で湯に含まれる色々な微量成分が変化し、コーヒーの抽出に影響することは確かだそう。そしてこれは紅茶や日本茶も同様。

専門的な器具を買ったりするつもりはないけど、今出来ることでおいしく出来ることはやっていきたい。




コーヒーって単純でいいなって思う。
いや、コーヒーを淹れるのが簡単とかではなくむしろ奥が深いものだと思うけど、僕が言いたいのはそこに求められるのは「おいしさ」であって、他にめんどくさい要素はないということ。


色んな事を求めて求められてめんどくさい。人間関係だとか社会問題だとか、夢を持った生き方が素晴らしいとか、有名企業に入って金持ちになるのが幸せとか、モテ非モテとか、良く分からないマニュアルみたいなものをバンバン押し付けられて、ごちゃごちゃしてて、そんなんどうでもいいわって。好きを貫く生き方だってその場その場の生き方だってどっちだっていいし、別にどう生きようと俺は絶対馬鹿になんかしないし、なんか変に肩に力入れなくてもゆっくり流れてけばいいやんって思うし、おれがランドスケープアーキテクトになろうが総理大臣になろうがそれが別に偉いわけじゃないし、ゴミ収集員になってもいいなとか思ってたりするし、あー何かゴミ収集員とかいうとどうせバカなやつみたいな目で見るやつもいんだろうなとか何かもう色々ドッと疲れる。あーもうめんどくさいわ、もっと原始的に生きたいんだ。好きなことやりゃいいやん、やんなくてもいいやん、ちょっとぐらい就職できなくたって一生が楽しくなくなるわけじゃないし、迷惑がかかるとか言ってもそんなん言ったら今だってもう十分迷惑かけてるしかけられてるし、自分なりに生きてけばいいし、第一人間なんて助け合いで成り立ってんだろ、それを迷惑の掛け合いととるかそうかじゃないかやないんか、いやまぁ少なくとも何かで社会に出ることは責任だと思ってっけど俺はうんたらかんたら

コーヒーって、俺にとってそういうめんどくさい思考から解放してくれる何かがある。

第一

「うまいコーヒー」

ってそれだけで幸せな文字列と思うのは、俺だけ?笑
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by santos0113 | 2010-04-23 23:57 | book

地域の文化財

地域の文化財―21世紀の思索

九州大学出版会

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地域文化財とはその地方のその地域の町や村の生活空間を構成し、それを魅力あるもの、活力ある生き生きとしたものとするために装置されたものをさします。鎮守の森、寺院の庭、野辺の石仏など、あるいは春や秋の祭り、盆や暮れ、新年の年中行事など一切がっさい、地域文化財として注目します。

地域文化財ではない、国や地方自治体によって、価値あるものと認められ、指定された文化財を指定文化財というのに対し、注目されていないけれどその地域独自の味を出しているものを地域文化財と呼んでいる。
一般に、地域文化財は軽視され、指定文化財のみを保存すべき文化財だとみなす傾向がある。
しかし、指定文化財は指定文化財である前に地域文化財であるということを確認することが必要だとしている。
宇治の平等院は、宇治側沿いの良好な環境におかれているわけですが、もし宇治川両岸になんの規制もなく、地域開発が安易な形ですすむとしたならば、宇治の平等院とその環境はまったく損なわれてしまうと思うのです。そういう意味で指定文化財としての宇治の平等院は、また宇治にとってかけがえのない地域文化財としての価値をもう一度確認することによって、初めてその良好な環境を維持していくことが出来るのだと思うのです。


「物的経済」「局地材的経済」という言葉がある。
そして「地域文化財が、局地材の性格を持っているという。
「物的経済」は技術の進歩、労働の生産性の上昇によって、一人当たりの供給量をふやしうるような通常の財についての分野です。
「局地材的経済」は景勝地など場所的にユニークな限定性があって、同じ形では簡単に増やすことは出来ず、したがって代替物を提供することが困難な「局地財」をとりあつかう分野をいうとしています。

例えば尾瀬の湿地とか桂離宮をいう。

地域文化財は周知でもなければ、顕在化していない場合が多い。過去では、地域文化財の局地財としての性格を過去において積極的に強めようとしていた。しかし現在では、各地の地域文化財がその大きい波の中で無視されたり忘れられたりしているのではないか、あるいは潜在化させていく風潮を生んでいるのではないか。
それぞれの地域がそれぞれの地域としての特色をそなえ、地域に特色のある自然の生態だとかあるいは文化的な環境という潜在化してしまったものを、今一度、局地財としてユニークな、他の地域には見られない地域文化財として再評価するという作業をする必要があるのではないかと思います。・・・それこそがそこに住んでいる人の一つの生きがい、そこに住むことを誇りにするような重要な契機となっているのではないでしょうか。


地域文化財の性格を明らかにするために、「限定芸術」についてみていく。
限定芸術は鶴見俊輔がとなえた概念である。
それによると芸術は「純粋芸術」「大衆芸術」「限定芸術」に分けられるという。
「純粋芸術」はいわゆる「芸術」で、それぞれの専門種目の作品の系列にたいして親しみを持つ専門的享受者をもっている。
「大衆芸術」はポピュラーなアートであり、非芸術的とかんがえられている。大衆芸術を教授するのは一般の大衆である。専門の芸術家によって作られはするが、企業家と専門的芸術化との合作の形をとる。
「限定芸術」は非専門的な芸術家によって作られ非専門的な享受者によって享受される。
そして限定芸術が成長の過程で最初に享受する芸術は限定芸術であるとしている。

都市の歴史と芸術がどう関連するのか。
ラスコーの壁画のようなものをえがいた描き手は明らかに非専門的な芸術家、そしてそれを見て感動を覚えた人、共感した人もおそらく非専門的な享受者である。その意味において、芸術の資源は限定芸術であるといえる。ところが都市が生まれる段階になると、それはエジプトにしてもメソポタミアにしても中国にしても、そういう段階で生まれてくるのは、すでに専門的な芸術家であった。都市の始原と純粋芸術の始原というのはかなり結びついている。

純粋芸術というのは、いつの時代でも限定芸術によって活力を得てきたという。
まず、地域文化財としての芸術が生まれ、そだち、やがて純粋芸術を刺激しそのなかに組み込まれていくのだと思うのです。まず、地域文化財としての芸術、それは地域の人々の間から生まれ、地域の人々によって鑑賞されてきた限定芸術なのです。

純粋芸術は、かつて限定芸術であり、そこにある地域性こそが芸術を活力有らしめるものとして貴重だとしている。

そして地域文化財は限定芸術の側面を持っている。

次に町家とその町並みについてみてみましょう。それは町大工と町人たちが知恵をだしあってうみだし自分達の町のデザインをどうすべきかということをかんがえて作られたものといえましょう。その地域と深く結びついた町大工と町人たちが、知恵を出し合い協力して作ったのが町家であり町並みなのです。限定芸術の特色をそなえ、、その地域に固有な地域文化財を形作ったのです。言いかえるならば、限定芸術の側面を地域文化財は持っているのです。そして指定文化財は純粋芸術の側面の方が強いのです。そして地域文化財の限定芸術的側面が、純粋芸術を刺激し、芸術の歴史は展開してきたと言えるのではないでしょうか。都市という生活空間も、地域文化財のもつ限界芸術的性格によって活性化されてきたといえるのではないでしょうか。



次に、地域の生活空間にはたす地域文化財の役割について。
地域文化財をなぜ大切にする必要があるのか、その効用。
①地域の個性を示している
それはその地域に生きていることによって、その地域に座を占めていることによって、価値がある。
②地域の連帯感をつよめ、失われた連帯感を回復するのに役立つ
京都では伝統的な町並みのならぶ地区では、今も、昔ながらの地蔵盆がもよおされ、町の人々をいったいかさせている。
地域文化財には世代をこえた交流、過去と現在、未来をつなぐものがあった。しかし現在、私達はそれを見失っている。

従来、都市計画とか建築を専門家に委ねすぎたことに、わたしは町がおもしろくなくなった原因の一つがあるように思うし、建築家の側から言えば、その地域の個性を無視したところに、その努力と力量を十分に生かせなかった面もあると思うのです。



問題なのは新しい建築が各地の伝統的なものを根こそぎ奪い去り、単調なありふれたもので置き換えるところに現在の危機があるのではないでしょうか。








良く日本の町並みをヨーロッパと比べて汚いという。確かに綺麗だとはいえないけれど、ヨーロッパにはヨーロッパの、日本には日本の事情があり、歴史がある。模倣すればいいような問題ではない。
それに僕は日本の町並みは嫌いじゃない。同じような見かけの町は増えている。でも良く歩いて見てみれば、面白いと思える、地域文化財的な要素を感じる場所がある。
そういう場所に注目されていなかったのが今までであって、今は多少なりとも注目はされているんだろう、本も出されているぐらいだし。
専門的な人たちが一方的に作る時代は終わり、非専門的な人が参加する時代になったんだろう。
だからやるべきことは、専門的な立場からすれば非専門的な人々の先導であり、非専門的な立場からすれば、自分達で作るという意思を持つことだろうと思う。
そして具体的な町並みというのは何かの模倣ではなくて、知恵を出し合って作られたものでなくてはならない。そこから独自性が生まれる。
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by santos0113 | 2010-04-23 22:41 | book

地先園芸とオープンガーデン

地先園芸は、住居の庭、鉢植えなんかが街路に出てきて、見る人を楽しませてくれる。下町なんかにある。
オープンガーデンとは、自分ちの庭を一般に開放して、一般に見れるようにしたもの。近年日本でも聞かれる。

二つは、周囲にある程度開かれていて、第三者の見る目を意識しているという点では同じである。
が、ある面から見るとそれらは対極に位置する。
パブリック→プライベート
なのか
プライベート→パブリック
なのかというところだ。
地先園芸が街路というパブリックな場所に対して、庭のプライベートな部分が染み出してきているのに対し、
オープンガーデンはプライベートな場所を、一般に公開することである程度パブリックとなっている。
どちらもプライベートとパブリックの中間の領域ではあるが、そこに違いがある。

オープンガーデンというのはそもそも、イギリス発祥だ。
イギリスは退職すると7割もの人が庭造りに精を出したいと感じているガーデン大国で、だからこそオープンガーデンのようなものが出てくる。歴史の積み重ねあってのオープンガーデンだ。
それを日本にそのまま持ってくるというのは、どうだろうか。

しかしオープンガーデンという言葉が入ってくる前から、日本にはそれと良く似た空間はあった。

軒先である。

軒先に座って何か作業していると、ちょっとご近所さんがたずねて来てゆったりと談笑する。
最近の家ではほとんど見られない光景であるが、確かにそういう中間の領域的な部分は存在した。

もともとオープンガーデンを受け入れられるような素地はあったのではないだろうか。
その素地がどのように培われてきたのか、それを知りたい。
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by santos0113 | 2010-04-20 22:36 | diary

4月14日 日記

世の中に強い人なんておらん。強くあろうとする人、おるのはそれだけじゃ

引け目
それ自体は心に生じた小さな波にすぎぬ。不安な方へ振れれば心は閉じる。見まいとして固く閉じた心の中では、不安はやすやすと恐怖にかわり敵意へと育つ。
その逆もまた厄介だ。崇拝する、同化したがる、寄りかかって執着のできあがり。目も心も開いているようで閉じているのと同じ。・・・
別れ道はいつも心のうちにあるわな。真ん中がいちばんいい。

バガボンドを丸1日かけて久しぶりに全巻読み通した。
再発見するところがいくつもある。
僕の親父がよく言っていたらしい言葉が、
僕はね、まだ自覚してるからいいんだ。

親父はよく他人を馬鹿にする人だったらしいが、何となく親父が言いたいことが分かる気がする。
人間であれば、時に引け目を感じ、また見下すこともあるだろう。それは仕方がないこと。
今自分は引け目を感じている、見下している、それを自覚すること。真ん中であろうとすること。
自分のあらゆる部分を、それはきっと大きな世界で見れば劣っているわけでもない、優れているわけでもないと考えること。

僕はある時点まで確かに、自分でない誰かになろうとしていた。又八は情けなく見えるけど、きっと僕だって同じ。
自分の外に向かって色んなもの貼り付けてきたけど、今は自分の内に向かって掘り進んでいると思う。
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by santos0113 | 2010-04-14 22:54 | diary

接点空間をさぐる-斉藤一雄

千葉大園芸学部の教授が書いた論文を集めた本。
接点空間というのは、海と陸、山と平地といったものから、庭と公道なども挙げられる。
そしてそうした空間の関係は、そんなに簡単な構造ではなく、それぞれの具体的な環境形の中で位置づけられ意味づけられている。

接点空間は、異質な空間をつなぐ空間といえる。それについて斉藤一雄はこう述べている。
空間処理の中で、最も要点となるものは異質空間間の接点処理である。なぜかというと、空間の矛盾が激しく触れ合うところは空間の境界領域であるからである。例えば家と庭の接点は壁や窓やテラスであったり、縁や沓脱石(くつぬぎいし)、たたきなどの軒内であったりである。・・・この空間処理の良否や面白さの有無が両空間の流れを、つまり人の行動的反応システムを決定する決め手のひとつとなる。したがって、矛盾のあり方を把握することがまずもって重要である。

自然と人間生活との関係、また人間同士の関係でさえ極度に分化している今日、接点空間を見直すことが必要なのではないだろうか。

空間の形態は大きく“開放”と“閉鎖”とに分けられる。つまり接点空間が開放的か閉鎖的か、ということである。
日本の庭園には大きく3つの流れがあって、
①高度に洗練されたいわゆる日本庭園
②明治以後新たに日本の風土に溶け込んだ外来の様式の庭園
③農家の庭
いわゆる日本庭園は、外部と隔絶することによって別天地としての空間を形成する傾向を持っていた。
それに対し農家の庭は生産と生活のふたつの環境を統合して、その職業の性質上、意図的に、風土、つまりまわりの自然システムと密接に関連してきた。ここでいう農家の庭は、農民の成長によって、ようやく近世以降形をなしたものである。
日本庭園は外部と隔絶しているとはいえ、客観的には周辺の環境に支えられてその命脈を保ってきたものである。それ単体では存続できないといえる。そうした庭園が環境悪化(川や海が埋め立てられる、など)によって劣化を余儀なくされ、その存立のために改めて地域環境システムとの関係を重視せざるをえなくなったとき、社会を含む周辺環境システムと一体となって発達してきた農家の庭は、その意味では先見的な立場をとることが出来る。

現代の住宅の庭は、どうだろうか。
最近各地にできつつある、外見上美しい新住宅団地の問題がある。そこでは、おしきせの住宅の外構と庭とが並んでいる例が多い。しかし、10年経過した住宅地の例では当初のおしきせの植栽デザインに対して、かこいやベランダの植栽等によって、次第に個性化の徴候があらわれつつあり、そこに皮肉にも住宅庭園の本質を発現させる契機が見える。住宅の庭は、人が自らの環境を自由にコントロールできる現在唯一といってよい場であって、本来画一的なものではありえない。

現代は、国土的、或いは国際的スケールで空間秩序の形成が進められているのであって、庭園の位置づけもそれに従って動いている。・・・しかしそこには主体の選択の自由があっても、自由に環境をコントロールして、個人の複雑な人間性の開発に応じうるものがない。・・・相互関係は、タテワリ社会といわれる様なつながり方や、ヒューマンスケールを超えた文明の展開や、文化の複雑な分化などによって、何が真の問題で、どのような相互関係で社会が動いているか、いよいよあいまいになりつつある。いわば、<自己を見失いつつある時代>という時代背景を考慮しないわけにはいかない。画一的な住宅計画は、このような没個性的な社会的性格を反映したものと思われる。

親和力の高い空間間はそれなりのやわらかな接点が可能となる。室内と庭との接点空間としてよく指摘される軒内空間のデザインは、室内と庭とをどうつなぐかにかかり、それは室内と庭との空間質から規定されると同時に、その処理の仕方によって、両空間の質が高まったり弱まったりする。


単に都市の庭、農村の庭という様に、形態機能的にわりきって、分けてしまうのではなく、その形成理念に注目すべきだ。相互に栄養を取り合って、新たな現代の庭とにわとを方向付けるべきときである。これからは、主体とその目的に応じつつ、地域環境システムの整備と密接に関連して、地域と共に生きる多様な庭園と<にわ>とを創出する、ということが現代の庭園文化の必然的な、基本的な課題だと思うものである。


農家の庭園は、自然のポテンシャルを<守りながら使い、使いながら守る>ことによって、空間文化を形成してきた。都市には見られないものであり、学ぶべきものがある。でも農家のあり方をそのまま真似すれば良いという訳ではない。それは主体とその目的に応じつつ行われなければならない。

最後に。斉藤一雄は東北の文化を調査しに行っている。
はじめ中尊寺や毛越寺の庭園を見て、圧倒された。それは京都の優美繊細なイメージとは明らかに異質のものであった。その力強いエネルギーがどこからくるものか、わからなかった。
しかし、東北の人々とのふれ合いや地域の景観の内に、何となく同質のものが感ぜられてきた。
庭園のみをいかに分析しても十分にその意味を感じ取ることができなかった。その背後に東北の自然と社会に生きる人間のいとなみ―風土の魂を深くさぐることによって理解できた。このデザインへの理解は、いかに生きるかの問題に具体的につながっていくと、そう知った。

現代の都市が何か雑然としているのは、単に見た目の問題だけだとは言えないと思う。そこには生き方が現れている。
逆に言えば、自分ちの庭についてちょっと考え直してみることは、自分の生き方を見直すことにもなるのかもしれない。マンションに住んでいた人が、庭付きの戸建て住宅に移り住んでしばらくすると考え方に明らかに変化が現れたという話を聞いたことがある。
その時、庭という空間が、他の空間との、人間との接点空間であるということを忘れないようにしたい。
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by santos0113 | 2010-04-11 22:51

UNIQLOCK

ユニクロック設置してみた。

…何かかわいいな!(*´Д`)
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by santos0113 | 2010-04-03 14:30

ラジオ

久々にラジオを聞いた。中学生以来かもしれない。
福山雅治の「あの子のパンツの色聞いてみよう」っていうコーナー。タイトルまんまで、好きな子の今はいてるパンツの色を福山雅治が代わりに聞いてくれるというあのコーナー。
大好きでした!笑
あんな事で最っ高に幸せになれる男(僕含め)ってやっぱり単純なんだろうか。

僕にとってテレビって自分が見ていない時は騒音でしかない。でもラジオって何であんなに心地好く抜けていくんだろう。対象が見るか聞くかだけの違いだけだろうか。
違う気がする。

ラジオって、ちゃんと対話の形になってる。一方的な押し付けみたいなものは感じない。何か人間らしさを感じる。何となく、だけど。
何より映像が無いっていうのは悪いことではない気がする。
想像する事を楽しめる。
テレビに、想像の余地はない気がする。

それに何よりやっぱ声がいいし。


にしても怒髪天って人いいなーこういうストレートな物言い好きだな。

ジョギングしたいけど引ったくりが多いみたいで、怖くて(自分が間違われるのが)行けない。あーやだなー。
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by santos0113 | 2010-04-02 22:57

文化的景観

松戸の新居に引っ越しました。友達とのシェアです。
部屋のインテリアとか考えてぬふぬふしちゃうけど金がないので実現には至りませぬorz
とりあえずミニコンポだけはケチらずにいずれ買いたいので、節約生活をする。
家計簿つけよう。これまで3回ほどチャレンジして一瞬で挫折してきた家計簿だけど
最近は筋トレにジョギングに続いてるのでちょっと期待。ってかやろう。

大学が徒歩5分の場所になったので好きな時に図書館に行けるようになったのが最高。
でも今まで延滞しすぎてもう借りることが出来ないので、持ち出しはできないのは最悪。馬鹿俺。

もう4年。卒論のテーマ決めで悩んでます。

「景観」という言葉。景観法という法律があるにもかかわらず定義はされていない変な言葉。
今まで景観は「美しさ」を基準に評価されていた。
大正8年の史跡名勝天然記念物保存法から平成16年の景観法に至るまで、それは一貫している。
そこに文化的景観という言葉が出てくる。

文化的景観とは
地域における人々の生活または生業および当該地域の風土により形成された景観地で、わが国民の生活または生業の理解のために欠くことが出来ないもの。

つまりは、棚田であったり、京都宇治のようなものをいう。
文化的景観と、例えば法隆寺のような文化財とはどう違うのか。
法隆寺という、すでに出来ているもの、変わらないものについては、それを維持することは可能だ。
しかし文化的景観は、活動があって初めて成立、持続している景観だ。
法隆寺は、変わらないある固定のものを維持していけば良いのに対し、
文化的景観が守るべきものは、その活動だというところに大きな違いがある。
文化的景観は生きている景観であり、人の活動によって成り立っている以上変化するのが自然な景観なのである。文化的景観は美しくある必要はない。

文化的景観は変化するもの。でも、その変化にも許容範囲がある。
例えば宇治に高層ビルが林立してしまえば、それは破壊だと言えるのではないか。
じゃあ何が変化の許容範囲内で、また範囲外なのだろうか。

それは
生命体としての自己組織化の原理
に基づいているかどうかではないか。
つまり他に頼ることなく、それ自身のみで存在することが出来るかどうかだ。
文化的景観は生き物であり、自己組織化する。
また人間が、私が私であることを保持できるのは、自分の過去の記憶が不可欠である。
文化的景観の保護と言うとき、それは
「自己組織化」と「自己同一性」
の保護と言えるのではないだろうか。

文化的景観のような生きている景観に対し、ロボットのような景観が増えている。
文化的景観自体も、人手不足だったりして存続の危機に陥っているところを見ると、ちゃんと生きているとはいい難い。

生きている景観を保全、つくり出すためにはどうすればいいだろうか。

表出されたものから、表出するものへ。

オギュスタンベルクの文章にもあった気がする。
「見る」風景から、「参加する」風景に変わっていく必要がある。
景観がいろんな層から成り立っているということを、それぞれが理解しなければならない。
オギュスタンベルク「日本の風景・西欧の景観―そして造景の時代」より
すなわち新しい風景は、西欧で近代の風景の危機から生まれたポスト二元論と、世界が知るようになったもう一つの大きな風景の伝統つまり東アジアの伝統において前提とされる非二元論、この両者の総合から形をとることになるだろうということである。…この新しい風景を『造景』と呼ぼう。
造景の時代への移行は必ずしも風景美の時代への移行を意味しない。けれども…環境をイメージとして生きることは、必然的に美的な配慮を、すなわち美を創りだそうとする真摯な欲求を伴う。




僕が今までうまく言葉にできなかった綺麗な景観というのは、つまり生きている景観だったかもしれない、と思う。
パーマカルチャーとも関連するんじゃないか。
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by santos0113 | 2010-04-02 21:14 | diary