日曜日の夕刊

日曜日の夕刊 (新潮文庫)

重松 清 / 新潮社


重松清の日曜日の夕刊を読み終えた。これぞ重松清ワールドでした。

重松清の書く人物は、いつも弱さのある普通の人々ですごく感情移入してしまう。
短編一番最後の卒業ホームランに小学6年生野球チームに属している息子、その監督でもあり父親でもある主人公、無気力になった娘が出てくる。

息子はまじめにこつこつと練習をし続けてきたがどうも野球に向いていないよう。5年生の中に一人混じって応援をする。
そんな息子の努力を娘は無駄だと言う。
娘「がんばってもいいことないじゃん。ね、そうでしょ?おとうさんがいちばんよくわかってるんじゃないの?」
娘「努力がだいじで結果はどうでもいいって、おとうさん、本気でそう思ってる?」

父親は娘に対していい返す言葉を見つけられなかった。

小学生最後の試合。
父親として息子を試合に出させてやりたいが、結局監督として出すことに踏み切れなかった。
結局最後まで息子に結果を残させることは出来なかった。
がんばればいいことがある、努力は必ず報われる。それを信じさせてやりたい。
でも、そのために何を語り、何をみせてやればいいのかが、わからない。

うつむく息子に野球は続けるのかと訊く。
迷うことなく続けると返す息子。
そこからのやりとり。
父「でもなあ、レギュラーは無理だと思うぞ、はっきり言って」
父「三年生になっても球拾いかもしれないぞ。そんなのでいいのか?」
息子「いいよ。だって、ぼく、野球好きだもん。」

父親の両肩から、すうっと重みが消えていった。



年を取るにつれて、何の役に立つかとか、何のために、とかそういうことを考えるようになった。
一時期スケボーをしてて、ひとり駐車場で練習していた時期があったんだけど、友人に
「何でスケボーなんてやってんの??」
って真面目な顔で聞かれて、何だかびっくりして何も言い返せなかったのを思い出した。
「面白いから」
で良かったんだけどな。
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by santos0113 | 2010-12-14 00:21 | book
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