公共と私

公共と私。僕のイメージの中で 公共→国家 私→自分 みたいな図式が出来上がってたけど、そうじゃないんだと気付く。公共とは、私の集積だ。
それについて分かりやすい対話があった。


誰かが広くて綺麗な庭をもっていて、せっかくだし他の人に公開するのは公共性を感じる。
「誰かのものだけど、みんなのもの」という感じ。
公開空地というのは、本来そのようにあるべきだと思うけど、規制の中でつくられたその空地は「誰のものでもない」。結局私のものでなければ公共のものでもないのかもしれない。

先日行ったオープンガーデンでは明らかに公共を意識した庭があった。
今までは「自分だけのもの」だったけど、「みんなに分けよう」という公共性の芽生えがあるんだろう。
公開空地は自分のものでないのであれば、いっそ誰かにあげちゃえばいいと思う。
「誰のものでもない」空地を、「○○に貸してる」空地にすればいい。
例えばアートギャラリーだとか屋台だとか、定例蚤の市…ただ道として使用するよりも企業側にはメリットがあったりしないのかな?

オープンガーデンを市ぐるみで行うことと同じように
公開空地全体で蚤の市を行えば、それは楽しそうだと思うんだけどどうだろう。

東京国際フォーラムではよく屋台が並んでいるけど、例えば有楽町全体にそれを広げてお祭り騒ぎにしてしまうという訳にはいかないんだろうか。近くの日比谷パティオも巻き込んだ一大イベントにしてしまってはダメなのだろうか。
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by santos0113 | 2010-05-25 00:09
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