自分の仕事をつくる

自分の仕事をつくる

西村 佳哲 / 晶文社

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今まで色んなことを考えて導いてきた答えがこの本に詰め込まれていた。
びっくりした。
ここに挙げられている人達が、僕は好きだ。
僕は僕が好ましいと思うものに向かって進んできたからそれは当然のことかもしれない。

「こんなものでいい」と思いながらつくられたものは、それを手にする人の存在を否定する。「こんなもんでいいや」という気持ちで作られたものは、「こんなもんで…」という感覚をジワジワジワと人々に伝えてしまう。


合理的であること、生産的であること、無駄が無く効率的に行われることをよしとする価値観の先にあるのは、極端に言えばすべてのデザインがファーストフード化した、グローバリズム的世界だ。


とくに口にしなくてもわかっている「何か」を、互いに共有しているチームは強い。…触れた時に、グッとくる、得も言われぬ何か。それを企画書に記述するのは無理だし、試みること自体ナンセンスだ。


どのような分野にも、技術進化の過程で起こる倒錯現象がある。目的と手段が入れ替わってしまう現象だ。…デザインが「人を幸せにする」という本来の目的を離れ、デザインの為のデザインという堂々巡りに陥りはじめている。


「世の中でいちばん難しいのは、問題をつくることです。
万有引力の法則におけるニュートンの林檎のように、問題の凄いところは、出来た瞬間その先に答えがある事。それをつくり出すのは、本当に難しいことです。その力が大学生にあるかと言えば、残念ながらまだでしょう。」


自分が感じた、言葉にできない魅力や違和感について「これはいったい何だろう?」と掘り下げる。きっかけはあくまで、個人的な気付きに過ぎない。
だが、そこを掘って掘って掘って、掘り下げてゆくと、深いところでほかの多くの人々の無意識と繋がる層に達する。


以前、ある講座のようなところで話す機会があった時に、自分の目的は何だろうって、あらためて考えてみたんです。すると、パンそのものが目的ではないな、という気持ちが浮かんできた。目的と言うと大げさですが、皆がこう幸せにというか、気持ちよくというか、平和的にっていうんでしょうか。そんな気持ちが伝わっていけばいいかなって思うんです。


「ダブル・バインド(二重拘束)」は、人類学者のグレゴリー・ベイトソンが提唱した理論だ。例えば母親が子供に「愛しているわ」と言う。嬉しくなった子供がそばに近づいてみると、母親の目や表情は冷たく、言葉とはまるで逆のメッセージを発していたとしよう。このような状況をダブル・バインドという。…自然や波の音、朝日を覚ます森の鳥たち、あるいは春に咲く花。そうした自然物に、人がいやされる思いを抱きやすいのは、美しいからだけではない。それらには、「嘘」やごまかしが一切含まれていないのだ。
思いっきり単純化すると、「いい仕事」とは嘘の無い仕事を指すのかもしれない。


自分がつくっているものは、自分に必要だから作るんです。この茶碗も、ただ売るためにつくり出しているのではなくて、まず自分が使いたい。あとカフェで使いたい。目的ははっきりしている。自分が欲しいものを少し多めに作って、“好きな人がいたらどうぞ”っていうスタイルです。


「その会社に幻滅したわけではないんです。ただ、すごく大きな組織で、分業が徹底していた。それぞれの仕事のレベルはものすごく高いんですけど、設計した人の思いが十分に伝わらないまま、図面だけが金型工程に流れてしまっていたり……。どうにも、ちぐはぐとした状況が、目につくようになってしまったんです。」


「デザインとは愛である。」



どれもこれも、えぇそうですわなぁわかりますわぁ~って相槌打ちながら読み進めた。
特に最後の「デザインとは愛である」って言葉なんて、え。何でおれの考えてること分かるん。と、うぬぼれでもなんでもなく感じた。
デザインに限らず、教育だって、音楽だって、科学だってそうだ。
ものごとの本質というのは愛に支えられているのが理想だと思う。
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by santos0113 | 2010-03-17 17:05 | book
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