村上春樹にご用心

村上春樹にご用心

内田 樹 / アルテスパブリッシング

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村上春樹の文章が好きだ。
登場人物に人間味がない、それなのに何か引き込まれてしまう、何か共感できる気がする、良く分からないけど好きだ。
そして僕は内田樹も好きだ。
なんと内田樹も村上春樹が好きだ。
そんな内田樹が村上春樹に関して書いた本。読むっきゃない。

この本は内田樹がいろんなところで書いた、村上春樹関係の文章総集編だ。
だけど村上春樹の作品の解読、意外な冬ソナと村上春樹の関係性、そして村上春樹は何を見ているのか…内田樹の目を通した村上春樹像が良く分かる。
村上春樹はデビュー当時の批評家たちの想像の射程を超えた「世界文学」をその処女作のときからめざしていた。

どうして村上春樹はこれほど世界的な支持を獲得しえたのか??
それは彼の小説に「激しく欠けていた」ものが単に80~90年代の日本というローカルな場に固有の欠如だったのではなく、はるかに広汎な私たちの生きている世界全体に欠けているものだったからである。

内田樹は言う。
ほんとうに優れた作家は、その時代があまりに欠いているものについて、それを欠いていること自体が意識されていないものについて、それが欠けていることが気がつかれていないという当の事実がその時代を決定しているようなものについて、書く。たとえば、その社会の「影」について。



僕は難しいことは良く分からないけれど、内田樹という人は分かりやすく、この世界に対しての見方という点でいつも新しい刺激を与えてくれるような気がする。あくまでそれが絶対だと言ってる訳じゃないんだよ、という立場で。

最後に僕的にタイムリーで、おおぉっと思った文章。
世の中には、「誰かがやらなくてはならないのなら、私がやる」というふうに考える人と、「誰かがやらなくてはならないんだから、誰かがやるだろう」というふうに考える人の二種類がいる。「キャッチャー」(野球のではない。村上春樹の文章に出てくる言葉。)は第一の種類の人間が引き受ける仕事である。ときどき「あ、オレがやります」と手を挙げてくれる人がいれば、人間的秩序はそこそこ保たれる。
そういう人が必ずいたので、人間世界の秩序はこれまでも保たれてきたし、これからもそういう人は必ずいるだろうから、人間世界の秩序は引き続き保たれるはずである。
でも自分の努力にはつねに正当な評価や代償や栄誉が与えられるべきだと思っている人間には「キャッチャー」(野球のではry)や「センチネル」(略。)の仕事には向かない。適性を論じる以前に、彼らは世の中には「そんな仕事」が存在するということさえ想像できないからである。


良く言われる夢を追う姿勢、決して悪いことじゃない。
一般的に言えば、いいことだ。
けど、こんなささやかな仕事のおかげで今の世界は回ってるってのも、知っておくべきだと思う。
その仕事をしろ!と言いたい訳じゃない。ただ、そういう仕事をしている人がいる、ということは忘れてはならないと、そう感じる。
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by santos0113 | 2010-03-12 22:33 | book
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